ワインを購入する際に、生産国を基準に選ぶ方は多いと思います。例えば、骨格がしっかりとした重厚感のあるワインがお好みの方はフランスのボルドー地区のワイン、食中酒として料理と楽しみたい方はイタリアのテーブルワイン、飲み口のインパクトが強く生産者の意向が見えやすいニューワールドのワインなど…
ワインを生産する国とひとくくりにしても、生産者の考え方、ワインの作り方、味わいなど、中身は大きく違います。その中でも、やはり銘醸地ぞろいのフランスワインがお好きな方は多いのではないでしょうか?
ボルドー地区を代表するシャトー、ラフィットロートシルトやマルゴー。ブルゴーニュ地区では、高級ワインの代名詞、DRCことドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティなど、フランスにはワインについて語るに外せない銘醸地が多数存在します。だからこそフランスがワイン発祥の地だと思っている方も非常に多いはずです。しかし実際はそうではなかったのです。
ワインの起源はまさかのイラク!?
様々な説があるのですが、ワインの始まりは紀元前3000年ごろのメソポタミア(現在のイラクあたり)が有力だと言われております。
その後、ワインを作る技術はエジプトを経由してギリシャに伝わります。
ギリシャでは、交易などを非常に得意としていた高度な文明を持つフェニキア人が、技術を駆使しワインの生産に力を入れ、世界有数のワイン輸出国となりました。
フェニキア人は植民地を回り、醸造の技術を世界各国に広めていきました。その中にはイタリアも含まれており、当時植民地だったシチリア島にブドウ畑や醸造所が作られます。
ワインの醸造についてはコリント人も関わっており、ワインの原料であるブドウの木の植え方や剪定を伝えたといわれています。醸造技術が向上するにつれ、ワインはイタリア全土に瞬く間に広がったということです。
銘醸地ぞろいのイタリア北部のワインは昔は質が悪かった?
紀元前1000年頃には、イタリア半島中北部、現在のトスカーナ地方において、手先の器用さやより高い技術を持つエトルリア人により、ワイン造りは大きく進歩しました。
苗木は低く植えるという元来の植え方に反して、苗を高く植えるなど現在のワイン造りにも通じる技術は、エルトリア人が編み出しましたと言われています。
イタリア全土でワインの生産が盛んになり、ワインを飲む人が品質や好みによってワインを選ぶことをするようになりました。その当時一番上質なワインは南側産のワインだったといわれています。
今日では、上質なイタリアンワインと言われれば、ピエモンテに位置する「バローロ」や「バルバレスコ」、ロンバルディアを代表するイタリアのシャンパーニュともいわれる「フランチャコルタ」など、多くの銘醸地がある北部のワインが有名です。しかし、南部にも北部に負けない良質なワインがあり、カンパニアの「タウラージ」、アブルッツォの「モンテプルチアーノアブルッツォ」など、親しみやすい価格で手に入るものもあります。当時の北部は気候が厳しいことに加えて、技術面で遅れを取っていたこともあり、ワインの質は南部に劣るという認識だったようです。
その反面、ワインの保存については、北部の方が先進的な方法で行っており、ティーノといわれる樽を半分に切ったような器に保存していました。それに対して南部では、アンフォラといわれる1000リットル入る甕方の土器にワインを入れて保存していました。時が経つにつれ、南北で技術の情報交換が行われ、南部から伝わった醸造技術で北部の技術は向上し、北部のティーノが南部に伝わりました。結果、樽熟成などの基礎的な技術が広まり、現代のイタリアワインが完成することとなりました。
まとめ
ワインもチーズのように偶然の産物だったと言われますが、それを深めようとした当時の人たちの探求心に感動します。ワインというものは、味は言うまでもなく、歴史や品種の違いに加え、季節や温度を感じて楽しむ嗜好品として、非常に優れた飲み物ではないでしょうか。
知識を深めることによって、ワインをもっと楽しみたいですね!それでは、また次回!